食事中にムセてしまうのは、なぜ?
最近食事中にムセることが多くなった…。その原因は加齢とかかわりがあるのかも!? 毎日おいしい食事を楽しむためにも、「ムセ」について知っておきましょう。
「食欲の秋」到来ですね。秋は、さまざまな食材の収穫期であると同時に、夏に落ちた体力が回復し、最も食欲が増進する季節だといわれています。そんなときに「食欲はあるのに、食事が喉を通りにくい」「ムセることが増えて、あまり食事を楽しめない」と感じているならば、それは「喉の老化」が原因かもしれません。そこで、耳鼻咽喉科専門医の西山耕一郎先生に、喉の機能と食事中にムセてしまうメカニズム、そして健康な喉を維持するためのケアについてお聞きしました。
健康への第一歩
「食事中にムセてしまうのは、なぜ?」Q&A
Q1.なぜ、食事中にムセてしまうのでしょうか?
A1.喉の老化による、飲み込みの誤作動が原因かもしれません。
私たちが食べ物や飲み物、あるいは唾液をゴックンと飲み込むとき、喉は0.5〜0.8秒の間、肺に続く気道をふさぎ、胃に続く食道が開きます。飲み込む瞬間に息ができなくなるのは、このためです。こうすることで、飲食物や唾液、胃液などが気道や肺に入るのを防ぎ、胃に正しく送られるようにしています。しかし、何らかの原因で飲食物や唾液が気道に入り込んでしまうと、体はあわてて空気の力でそれらを気道から押し出そうとします。それが「ムセ」や「咳き込み」の反応です。
もし、食事中にムセる頻度が多いと感じるなら、喉の老化を疑ってみるのが良いでしょう。加齢によって喉を動かす反射神経が鈍り、さらに喉の筋肉が衰えることで飲み込みのタイミングにズレが生じやすくなります。これは高齢者に限ったことではなく、早い人では40代から喉の飲み込む力の老化が始まります。
Q2.40代から喉の老化が起こってしまうのは、なぜですか?
A2.喉を使わない生活習慣が原因の一つです。
40代を過ぎると全身の老化現象が始まり、喉も影響を受けやすくなります。自律神経の老化によって飲み込みの反射運動が悪くなり、全身の筋力低下と合わせて喉の筋力も低下する傾向にあるため、飲み込む機能に悪影響が起こりやすくなるのです。
多くは50〜60代から影響があらわれるのですが、40代でも日頃から喉を使う頻度が少ないと、喉の筋力は低下しやすくなります。
特に近年では、コロナ禍に外出や会食の機会が減ったことで、私のクリニックでも「飲み込みが悪くなった」と自覚している方が多くいらっしゃいます。
飲み込みだけでなく、「発声」も喉の筋力低下の影響を受けやすい機能です。声を出す機会が少なければ、気道にある声帯の柔軟性が失われ、声帯を動かす筋力も低下します。誤嚥によって飲食物や唾液が誤って気道に入っても、その奥にある声帯がしっかり閉じれば防波堤になってくれますが、声帯が閉じ切らないようだとその役割を果たしてくれません。
例えば、寡黙で会話が少なかったり、黙々と作業する仕事などを続けていたりすると、喉の筋力を鍛える機会が少なくなってしまいます。声が出しにくく、かすれがちな方は、食事でもムセやすい傾向にあります。
喉の機能低下の原因が病気や炎症にある場合は別ですが、日頃の会話量を増やし、カラオケなどで歌を楽しむ趣味を持つと、喉の老化を抑え、飲み込みの機能を高めることができます。
Q3.自分の喉の老化をチェックする方法はありますか?
A3.下記のチェックリストと「喉仏の位置」で喉の老化を確認しましょう。
食事中に頻繁にムセるのであればともかく、そうでなければ喉の老化は自分では自覚しづらい傾向があります。そこで、以下の5つの「喉力(のどりょく)チェック」を確認してみましょう。1つでも当てはまれば、喉の老化のサインと考えることができます。
西山先生指南"喉力"チェックリスト
▢ 食事中にムセたり、咳が出ることがある
▢ 上を向いてゴクゴクと飲み物を飲むとムセやすい
▢ 大きめのサプリメントが飲み込みにくいことがある
▢ 以前より食べるのが遅くなった
▢ 100mlの水を10秒以内に飲めない・・・①
(★すでにムセやすい人は行わないでください)
「普段ムセたかどうかなんて覚えていない」という方は、①の「100mlの水を10秒以内に飲めない」は、嚥下のリスクを知る簡単な検査法として実施しているものですから、試してみると良いでしょう。
ただし、すでに明らかにムセやすい方は、危険ですので実施しないよう注意してください。
また、見た目で喉の老化をチェックする方法もあります。それは「喉仏の位置」です。正常であれば、喉仏は首の真ん中より上に位置しています。しかし、喉の筋力が低下していると、喉仏を支えることができずに下がっていきます。
そのほか、位置が正常の範囲でも、飲み込んだときの喉仏の上下の動きが2cm以下の場合は、喉の筋力低下が疑われます。女性でも触ってみれば喉仏は確認できますので、首の中心より下がっていないか、飲み込んだときに2cm以上動くかチェックしてみてください。
Q4.喉の老化を放っておくと、どんなリスクがありますか?
A4.飲み込む力がどんどん弱り、健康寿命に影響を与える可能性があります。
「食べる力」というと、歯の健康や咀嚼(そしゃく)力を意識することが多いのですが、飲み込む力も食べる力に直結しています。飲み込む力が弱ると食事をうまく摂ることができず、体力の低下や栄養不足につながりますから、喉の老化を防ぎ、食事をモリモリと食べられる機能を維持することが、健康寿命を延ばす秘訣となります。
また、特に高齢者の方は、飲み込む力の低下が命のリスクにも直結します。食べ物や唾液には、口の中の雑菌がたくさん付着しています。それが気道に誤って入り、咳で追い出すことができなければ、肺の中に雑菌が入り込んでしまいます。若い方なら抵抗力がありますが、高齢になると雑菌の繁殖を抑えることができず、誤嚥性肺炎を起こす危険性もあるのです。また、喉が弱り切ってしまうと、食事中だけでなく、寝ている間に唾液が気道に入ってしまい、それが誤嚥性肺炎につながることもあります。健康寿命だけでなく、長生きのためにも喉の筋力を鍛えることを心がけましょう。
Q5.喉の機能を維持するには、どうすれば良いでしょうか?
A5.喉の筋肉を鍛えるトレーニングを習慣化しましょう。
喉の筋肉を衰えさせないためには、「日常的に会話をすること」「カラオケなどで歌うこと」が効果的ですが、筋力トレーニングでも衰えを予防することができます。座ったままでもできる3つのトレーニングをご紹介します。
トレーニング1
嚥下おでこ体操
1つめの「嚥下おでこ体操」は、飲み込む力を鍛えるトレーニングです。このトレーニングは喉仏を上下に動かす「喉頭挙上筋群(こうとうきょじょうきんぐん)」を直接鍛えられるので、毎日続けることで着実に喉の筋肉が強くなります。
①利き手の手のひらの根本「手根部」をおでこに当てる
②手根部でおでこを上に押し上げる
③一方、頭はおへそをのぞき込むようにして前に力を入れる
④手と頭の力が拮抗(きっこう)し、喉仏のあたりに力が入っているのを意識しながら5秒間キープ
*10回1セットで、1日3セット以上行いましょう。
トレーニング2
あご持ち上げ体操
2つめは「あご持ち上げ体操」です。この運動も、喉仏を上下に動かす「喉頭挙上筋群」を鍛えることができるトレーニングです。喉まわりの筋肉に力が入り、喉仏が上がるのを感じながら行ってください。「嚥下おでこ運動」と組み合わせて行うのも良いでしょう。
①あごの先にグーにした両手を押し当てる
②頭はおへそをのぞき込むようにして前に力を入れる
③下がろうとする頭を、あごに押し当てたこぶしで押し上げる
④喉仏が上がっているのを意識しながら5秒間キープ
*10回1セットで1日3セット以上行いましょう。
トレーニング3
ペットボトル体操
最後の「ペットボトル体操」は、ムセたときに咳で飲食物や唾液を気道から吐き出す力を鍛えるトレーニングです。
ペットボトルのやわらかさや大きさは、自分の肺活量に合ったものを選びましょう。最初はやわらかいペットボトルから始めて、もの足りなくなったら少しかための材質のペットボトルへ、さらに慣れたら1Lのペットボトルに移行します。鍛えれば、硬い材質の2Lペットボトルでもへこませられるようになります。
①手でつぶれるぐらいのやわらかい500mlのペットボトルをくわえる
②思いきり息を吸って、ペットボトルをぺしゃんこにする
③息を強く吹いて、ぺしゃんこのペットボトルをパンパンにふくらませる
*10回1セットで1日3セット以上行いましょう。
*血圧が高い方は主治医と相談のうえで行いましょう。
年を重ねて肺活量が弱まると、気道に入った飲食物や唾液を吐き出せずに肺に到達してしまい、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。喉のトレーニングと合わせて行うようにしましょう。
まとめ
「飲み込み」は反射運動であり、自分ではコントロールできない運動です。老化した神経を回復させることは困難ですが、喉の筋力は少しの努力で鍛えることができ、反射運動をサポートしてあげることができます。よくしゃべり、よく歌うということは、誰かと楽しい時間を過ごすということ。日々の生活を楽しみながら、喉の機能を維持していきましょう。
*記事内で紹介しているトレーニングは、西山先生監修による動画でもチェックできます。
イラスト:天野勢津子